昨年、月刊誌『地方自治職員研修』(公職研)からタケセンに原稿執筆依頼がありました。2013年11月号の巻頭を飾る【職員必 読・この1冊!】というコーナーです。
表題は、「原理と現実と」です。取り上げられた二冊の書によって、タケセンの言動の意味と歴史が明瞭に浮きあがります。
・竹田青嗣『哲学ってなん だ』(岩波書店、2002年)、
・福嶋浩彦『市民自治の可能性』(ぎょうせい、2005年)
近代社会の原理である 民主制、人民主権、市民自治をテーマにした本と現実と体験をリンクさせての論考は、地方自治関係者に限らず、政治家や官僚、学者、それに教職にかかわる人たち、そして私たち市民の誰もが知っていなければいけない内容と思いますので、以下に原文をそのまま載せます。
民主制が危うい状態にある今こそ必要な基本中の基本の【知】!
必読です。
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127. 「公共」をめぐる哲学の活躍 ‐‐ これですべてがわかる!!
140. 武田康弘による公共の本質論が、都の職員の研修論文に -首都大学東京機関誌「みやこ鳥」-
原理と現実と 『地方自治・職員研修』‐巻頭言
武田康弘/白樺教育館館長
「う-ん、原理が明晰にならないと、優れた現実的思考はできないのだな。」と、当たり前のことですが、強く感じました。
わたしは、2009年から2010年にかけて参議院行政監視委員会を支える調査室の職員のみなさんに、「日本国憲法の哲学的土台」と題して、ソクラテスによる「哲学」(ギリシャ語の恋愛と知を結びつけた言葉ですので、正しい訳語は「恋知」です)の定義から始めて、近代民主主義の土台をつくったルソーの社会契約論についての講義を中心に、柔らかな自由対話による授業をしましたが、「う-ん、」は、そこでの思いです。
●ルソーの「社会契約論」につまずく
官僚と呼ばれる人は学歴は最高、ということは受験勉強の勝者ですので覚えはよいのですが、「○○とは何か」という本質論・意味論が苦手です。
長いこと民間で「私」として仕事と活動をしてきたわたしが、参議院調査室の客員となり国会所属の官僚のみなさんに講義するに至ったのは、そこに深困があります。
8年前、「祉会契約説」の意味について教えてほしいという一官僚のAさんは、わたしの創った『白樺教育館』でおこなっているソクラテス教室の高校・大学クラスに熱心に通われることになりましたが、彼いわく「国会職員には社会契約説の本質を知っている人はほとんど居ない。わたしは武田さんの会話式の授業でよく分かったが、この重要な民主制祉会の原理について、国会職員を支える仕事をしている調査員が知らないのは恐ろしいこと」。
わたしの「高校・大学クラス」における授業では、近代思想としては、ジョン・ロックらの哲学と祉会思想についてお話しした後、1年間かけて、ルソーの『社会契約論』を現代の祉会のありようと思想状況とも絡めながら、自らの生き方や日々の生活に照らし合わせて、じっくりと読み・考え・対話する恋知(哲学)の営みを過去に三度行いましたが、困難な社会状況の中で書かれた『社会契約論』は、文学的比喩も多用され、一人で読むのは難しい書物であることを参加者は強く実感されます。ルソーの言わんとするところを明晰化する作業は、思考カという意味での頭の重労働ですので、忙しい方の読書には向きません。
●『哲学ってなんだ』-社会とは何か
そこでわたしがお勧めするのは、竹田青嗣さんの『哲学ってなんだ』(岩波ジュニア新書)です。国会職員の方にもとても喜ばれた一冊です。わたしは、彼とは二十数年来の友人ですが、必ずしも考えが一致するわけではありません。しかし、この書の社会思想に関する解説は分明で妥当性が高く、有用な知の見本です。荒唐無稽と評するほかない解説本も横行する知的退廃の時代にあって光彩を放っています。公務員の方には、「祉会とは何か‐ルソーと『社会契約』」(80ページから89ページまで)の部分を繰り返し読まれることをお勧めします。民主制社会の原理が了解されると、優れた現実的思考が可能となり、自信がつくと思います。
パターン知と記憶に基づく事実学ではなく、本質論として社会を知ることができると、柔軟で現実的な思考がはじまります。道路の信号機のシステムは交通における原理と言えますが、近代民主主義の祉会制度における原理は「社会契約論」(人民主権)です。この原理を明断化すると頭がどんどん回り出すのは、官僚のAさんの実感です。官での講義では、自由対話により主観性の知を育成するというわたしの方法に、半年間は「頭が真っ白!頭が疲れる!」という悲鳴があがりましたが、だんだんと面白くなり、「こんなに楽しい時間はない」という女性職員の声もいただきました。書物は、生きた授業の代わりにはなりませんが、原理の明晰化は知の核心ですので、ぜひ。
●「市民自治の可能性」‐我孫子市の試み
二冊目の『市民自治の可能性‐NPOと行政‐我孫子市の試み』(ぎょうせい)は現実的な書です。実践録とだけして読むならば8年も前の本で古いのですが、著者の言う通り、本書は、「我孫子市での実践を検証しながら、市民自治の普遍的な方向性を見出していくことをねらい」としていますので、各自治体職員の方には有益な書と思います。
ルソーの祉会契約という民主制社会の原理を踏まえた上で、種々の実践を重ねた後に我孫子市長(千葉県)となった福嶋さんですが、彼は市議会議員時代からの友人で、わたしの主宰する我孫子児童教育研究会と哲学研究会のメンバーでもあり、いくつもの活動を共にしてきた間柄です。
福嶋さんは、市長を三期つとめた後(対抗する有力候補はいませんでしたが、自ら決めたルールに従い12年間で辞す)、消費者庁長官の任に就きましたが、この書は市議会議員11年と市長12年という仕事の経験を基に書かれています。また、今は再び仕事の場を我孫子市に戻し、地元の中央学院大学の教授として、「市民自治でなければ民主主義ではない」との理念の下に、新たな知=直接民主主義と符合する「民知」を生み出す授業を模索し、今年度は、学生・市民・我孫子市職員合同での講座を行っています。
この書の6「市民の直接参加と論会制度」(137〜138ページ)には、直接民主制の優位という民主主義の原則が謳われています。20年ほど前にわたしたちが新聞折り込みで我孫子市全域に配布していた『緑と市民自治』紙(1988年-1995年)の表題に掲げた理念=『ひとりひとりの市民の英知で直接参加民主主義を広げよう。』が、現実を踏まえて説明されています。
民主主義の原理に則って市政の具体に取り組んだ時に得られる豊穣=どのような成果が得られ、展望が拓けるのかという実録書でもありますので、現場のみなさまには大いに参考になるのではないでしょうか。
●「ほんとうの公共」を生む努力の歴史
ここではその歴史にっいてご紹介する余裕はありませんが、『公共をめぐる哲学の活躍』(武田著)は、インターネットで見ることができますので、よろしけれぱご参照ください(白樺教育館ホームページの公共思想の項・「公共をめぐる哲学の活躍」)。なお、これは、参議院の『行政監視摘報』平成22年10月15日号にも全文が掲載され、首都大学東京での東京都職員研修論文にも使われました。
たけだ・やすひろ/1952年東京神田生まれ。教育者。哲学者。我孫子市(千葉県)在住。
白樺教育館館長、白樺文学館初代館長。
主著に「『楽学』と『恋知』の哲学対誘30回」(『ともに公共哲学する』東京大学出版会)、
「キャリアシステムを支えている歪んだ想念」(『立法と調査』2008年・11月別冊、参議院)など。