佐野さんのこと
6月17日(土)の定例哲学研究会には久しぶりに佐野さんが出席しました。
今から14年前、中学生の丸刈り強制の廃止(丸刈りの自由化)を求める運動に武田さんがかかわっていたときに出会ったのが佐野さんです。丸刈り問題に関する教育シンポジウムと対話の集会で出会ったのでした。そのときから、長く激しい議論が二人の間で交わされたようです。このとき以来、二人のつき合いは深いものとなり、佐野さんは自身の生き方まで変えてしまった、というのが神話のように語られています。
以来、佐野さんは大手コンピュータ会社のトップ営業マンの地位を捨てて、独自の理念を持った新しい会社を興したのでした。それが今話題になっている日本オラクルです。多分ご存知の方も多いことでしょう。その成功のいきさつが語られた本がこのたび出版されました。
実は私もこの日、サイン入りの本をいただいてしまったのであります。
辞めた
起こした
成功した!
そしてロマン
日本オラクル代表取締役
佐野 力
浩気社 1500円
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この本でもちょっと触れていますが、佐野さんが敬愛する文学者は故郷小樽出身の小林 多喜二と志賀 直哉なのです。
『僕の夢は志賀直哉文学館を我孫子に、小林多喜二文学館を故郷に設立することだ。』
まずは志賀直哉文学館(正式には白樺文学館)がもう手の届くところまで来ています。
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おまけ
これはだいぶ前に撮った志賀直哉の直筆。
『夫婦』
左の画面をクリックするともうちょっと大きな画像が見れます。
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2000年6月21日 古林 治
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周さんのこと
同日、中国人の周さんにとって最後の哲学研究会となりました。周さんは中国から漆(うるし)の研究のために来日していたのですが、研究も終わり、中国へ帰ることになったわけです。
議論の間中、何か描いていたと思ったら下のスケッチでした。
右端の腕組みしているオジサンが佐野さんで、その横で腕を広げて話しているのがタケセンです。
左の画面をクリックするともうちょっと大きな画像が見れます。
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私はあまり機会がなく、周さんとじっくり話すことができなかったのが悔やまれますが、タケセンの話を聞くと、
周さんは知識を振りまわすでもなく、表層を撫(な)でるように興味のままに話をするでもなく、物事の本質的な部分をえぐるように聞き込んでくる。それが延々何時間も続くんですよ。中国の人ってすごいですね。多分、小さいころからの教育の問題だと思うんだけど・・・
一方、周さんには息子さんがいらっしゃるそうで、3年前に来日したときに一度タケセンに会ったことのある彼は中国の友人たちに、
『日本の我孫子というところに諸葛孔明(しょかつこうめい)が居るんだ・・・』
というような話をしてるそうです。
タケセンも中国で有名になってるかも・・・
2000年6月21日 古林 治
アップするのが遅くなってしまいました。
ごめんなさい。
2000年7月1日
修正 2000年7月22日
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