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9.こんな本はいかが? 民知の図書館 1.

 民知のページを作ったのは白樺文学館のホームページ立ち上げ時ですから、かれこれ1年半以上過ぎようとしています。でも中身がなかったんです。ごめんなさい。
  そういうわけで民知の図書館をようやく開くことになりました。以下のご紹介はその最初になるわけです。これからも折をみて埋めていきたいと思いますのでよろしく。


日本/権力構造の謎日本/権力構造の謎

カレル・ヴァン・ウォルフレン
1994年 上・下2巻 各\800 早川文庫 

 何年か前の『哲学の会』のテキストに、今も「愉しい哲学の会」の参考テキストに使われている本です。この本が出版されたのは1989年東西冷戦が終結して世界に激変が起ころうとしているとき、日本がまだバブル真っ盛りの天狗となっていた時です。その後、世界中で翻訳され、日本語版も1990年に出版されました。

 何でこんなに日本の悪口を言われなきゃならないの!
と 〔哲学の会〕会員の一人がつぶやいたことがありました。
でも何年かして、彼女の評価は
 確かにその通りなのよね。
に変わっていました。出版後、この国の首相は何人変わったでしょう。官僚や 政治家、あるいは銀行をはじめとするこの国の基幹産業に携(たずさ)わる経営者たちの姿をまざまざと見せつけられて来た今こそ、この本は輝くかもしれません。(そういえば今も北朝鮮からの亡命者の件で外務省がとんでもないことやってますね。)

 ウォルフレンは日本という国には明確な権力を行使する政治がなく、その裏で実際に権力の行使を行うシステムが存在すると指摘しています。ここでいうシステムはかなり広い意味に使われており、官僚システムばかりか私たちが文化や伝統だと思い込まされきたものまで含まれています。 私自身、読んでいて驚きの連続だった記憶があります。当たり前だとか日本人の習性だとか思っていたことが実は高々50年、100年という短時間に人為的に作られてきたものだったなんてことも。
 その膨大な裏付け資料とインタビューの引用は強烈なリアリティをもって私たちを圧倒します。
 でも、重要なことは私たちの生活を取り巻く環境を人為的なシステムとして認識できるならば、それはよりよいものに変える可能性を持つということではないでしょうか。
何事もまずは精確な自己認識から始まるのでしょう。
 多くの人がいろいろな理由をつけてこの本を誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)しましたが、今こそ素直に受け止めるときかもしれません。
  何よりホッとするのは、ウォルフレンのこの本には
『人(日本人)が幸せに生きるためにはどうしたらよいのか』
という彼の意思がその底流に感じられることです。


ソフィーの世界『ソフィーの世界』 

ヨースタイン・ゴルデル
1997年 日本放送出版協会 上・下 各巻\1000
または
1995年 日本放送出版協会 \2427
(上下2巻本の方がお値段安いですが、目の弱い方は1冊本の方が字が多少大きくて読みやすいです。ちょっと重いですが。私も老眼入ってますので重い方を選びました。)

 「女性のための哲学講座」の参考テキストで、ご存知のように大ベストセラーになった哲学&ミステリーの本です。

 ソフィーとヒルデ、それぞれが存在する二重世界は一体どーなってんだ、という興味にひきづられていつのまにか哲学の歴史をたどってしまうという構成の奇抜さ、面白さ。私も二度一気読みしてしまいました。

 哲学ってやたら理屈っぽくて難解ですよね。私も興味はあったものの、その難解さにときどきウンザリして
 こんなものが一体何の役に立つんか。
と離れつ戻りつという繰り返しでした。でもそのやたら難解なことの理由は、実はこういうことらしいです。

 元々ギリシャ哲学自体は西洋の思想よりも仏教思想に近いと言ってもいいんです。それを一神教のキリスト教世界に取り込もうというのはかなり無理があって、そのあまりに大きな違いに決着をつけるために西洋哲学は何百年も精緻を極めた論理を駆使して来たんです。
とタケセンは説明していました。
なるほど。
ということは、哲学の本質を単純明快に説明した本ていうのは売れても不思議はない、ということになりますね。

 でも『ソフィーの世界』がこれだけ売れたということは逆に言うと哲学に何かがある
かもしれないという大きな期待が読者にあったともいえるでしょう。たくさんの人が生きることの意味とか不安にかられているのでしょうか。そうだとすると、『ソフィーの世界』はその期待にこたえているといえるでしょうか。私はそこに物足りなさを感じています。何か一番重要なものが欠けている、という印象を持っています。
それを一言で言ってしまうなら
 『人は私という主観から発想する以外生きる術がない、という点を明確におさえていない。』
ということになるでしょうか。このあたりの話、簡潔に明晰に書けないものかとタケセンにお願いしているんですが、これ、ちょっときついですかね。
ま、万が一出来たら、いつかこの場で発表したいと思います。
 ちなみに、これは柳宗悦をはじめとする白樺派の人たちの『【私】から出発する!』
という思想とも相通じる部分がありますので、ぜひともやってもらいたいんですけど・・・・
もし待てない人は、次にご紹介する本を読んでみてください。ということで次。


竹田青嗣(せいじ)氏の著書まとめて四連発です。

「自分」を生きるための思想入門「自分」を
生きるための思想入門

竹田青嗣 1992年 芸文社 \1300

 【哲】学者ではなく、【哲学】者の竹田青嗣(せいじ)氏の『「自分」を生きるための思想入門』は、なまなましくありありとした生(せい)に立脚した本来の哲学について語っています。
  それは著者自身が冒頭で次のように語っているごとく、私たち普通の人間にはごく当たり前のように思えます。
『哲学は生きることが苦しくなった時に役に立つ技術』
『哲学は自分と他人、自分と社会の関係をを深く了解するための技術』

なんですが、現実の哲学界ではそんな意識はなく、枝葉末節(しようまっせつ)の形式主義、事実主義、最新流行のオッカケ、というのが実態のようです。
 ベストセラーになった『ソフィーの世界』はとてもよく書かれた本ですが、やはりこの点に関しては物足りないものがあります。もしそんな風に感じた方がいれば是非この本を読んでもらいたいと思います。

 哲学の本ではありますが、おそろしく平易に明晰(めいせき)に書かれていますのでじっくり読めば高校生以上ならわかるんじゃないかと思います。

 参考までに簡単な目次を記します。
第1章 「私」という存在 - 人はなぜ「私」にこだわるのか
第2章 「他者」という存在 - なぜ他人は「私」を脅かすのか
第3章 自己と欲望 - 人生は欲望ゲームの舞台である
第4章 恋愛における欲望 - 男女のかかわりとエロティシズム
第5章 「私」と世界 - 人はこの世界とどうかかわっていくのか
第6章 生と死の間 - 死をどう受けとめるかが生の姿勢を決める

自分を知るための哲学入門自分を知るための哲学入門

竹田青嗣 1990年 ちくまライブラリー 
\1300

 『自分を知るための哲学入門』は同じく竹田青嗣氏の手になる本ですが、時期的には前述『「自分」を生きるための思想入門』の前に書かれたものです。
 こちらも主旨は同じなのですが、現実の生に引き寄せた哲学史といってもいいでしょう。哲学の歴史や内容そのものにも興味のある方にはお勧めです。

 これも参考までに簡単な目次を載せておきます。
第1章 哲学"平らげ"研究会
第2章 私の哲学入門
第3章 ギリシャ哲学の思考
第4章 近代哲学の道
第5章 近代哲学の新しい展開
終章  現代社会と哲学

 ちなみに竹田青嗣氏の哲学の系譜はソクラテス/プラトン、キルケゴール、ニー チェ、フッサール、ハイデッガー、レヴィナスという現象学、実存論の流れにはありますが、哲学界の主流である考え方とはかなり異なる『生きた哲学』にその素晴らし さ、独創性があります。優れた著作は多数あり、この系譜に沿ったものとなっていま す。興味のある方は竹田青嗣氏のサイトへ---→

はじめての現象学はじめての現象学

竹田青嗣 海鳥社 
\1700

 哲学とは一体何なのか、現実に生きている私達にとって哲学とはどういうものなのか、おそろしくわかりやすく、本質を捉えている点で、この本に勝るものは存在しない。
というわけで、タケセン一押しの哲学入門書です。

 大学の哲学の授業は難解な言葉の羅列とその説明から入ることが多いそうな。学生の誰も理解できず、おそらくはしゃべっている本人もわかっていないんだろうというのが学生の弁。難解なことを述べ立てるのがエライというのが哲学界の常識?
 本来ならこの『はじめての現象学』が哲学教育の入門書として扱われればよいのに。そんな本です。


言語的思考へ言語的思考へ

竹田青嗣 2001年 径書房 \2200


左から竹田青嗣夫妻、佐野力氏、タケセン
1992年10月 タケセン宅

 竹田青嗣(せいじ)氏は館長タケセンの友人でもありますが、その昔、あるチョー有名な哲学者にタケセンはこう紹介したそうです。
『竹田さんはいずれ現象学の立場から言語論の解明を行うことになる人だ』と。
それが現実となったのがこの本です。
読んでびっくり仰天玉手箱。
何じゃこれは、こんなおやさしいタイトルの本とちゃうで。

 現代哲学の最大の課題は言語論といわれているのですが、どれも堂々めぐりの机上の難解論理ごっこの体(てい)をぬぐいきれない状況と言われています。ところがこれはどうでしょう。決着をつけちゃった、という感じなんです。
 というわけで、ちょっと難しいんですけど紹介せずにはおれません。難しいという意味は、難解だということではありません。事実、哲学書の中では最も平易に明晰に書かかれてるんです。問題はある程度の哲学的知識がないとわからんというだけで、それさえあれば誰でもわかると思います。
 誰かこれを翻訳して欧米でも読めるようにしてくれないかしらん。とんでもない独創性と豊穣(ほうじょう)さを持った哲学書なんですから。

もう少し詳しく知りたい方はタケセンの説明をご覧下さい。
参考:解題的紹介 竹田青嗣著「言語的思考へ」


 いかがでしたか。今回は哲学関係がちょっと多くなりましたが、これからはもっといろいろなものを載せていきたいと思ってますのでご期待ください。

2002年5月25日 古林 治

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