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  • 171. タケセンの体験と思想・二題

  • 171. タケセンの体験と思想・二題

    その1  競わないことが最大の「よい」を生むのです。
          競争するのは愚かです。

     もっと強くなりたい、もっと知りたい、もっと良くしたい、という純粋な内的欲求から切磋琢磨することは良いことでしょうが、他者との比較によって自身を追い詰めるような生き方は、生き地獄になります。

     常に他者を気にする生き方と、自身に向き合いながら他者とともに生きる生き方の違い、じっくり味わってみてください。


    その2 「なぜ塾の仕事をはじめたのか?」
         中学2年生の質問5テーマ(夏休みの宿題)に応える。

     教育館館長・武田康弘、通称、タケセンと出会った人々の多くが、なぜこんな人が私塾をやっているのか、と訝しく思うようです。
    中には、特に著名人や巨大な権力を持つ人たちは、何かバックがあるに違いない、と言います(笑)
    実は、何も(バックは)ありません。

     中学生たちの素朴な疑問にタケセンが率直に応えたのが以下のやり取り。

    多くの疑問に答えたことになる、かな?

     

     以下は、ブログ【タケセンの「思索の日記」】から。

     =》タケセンのブログ「思索の日記」


    ブッダ
    ガンダーラより
    発掘された釈迦像。
    徹底した平等思想・
    慈悲と智恵の宗教

    1.競わないことが最大の「よい」を生むのです。
      競争するのは愚かです。

    人と競わない、
    争わない、

    何事も競争しないことが何より大切。
    勉強を競わない、
    スポーツを競わない、
    コンクールで競わない。

    競えば、バカをみます。
    競えば、損をします。
    競えば、不幸になります。
    競えば、精神の病に侵されます。
    競えば、身体を壊します。


    わたしは、幼少のころ病弱でした。幼稚園児のとき肝臓疾患で40日間寝たきりになり、
    小学5年生から2年間は胃潰瘍で虎の門病院通い、中学生から20歳までは十二指腸潰瘍でした。
    自律神経失調症で、続けて1時間の勉強は無理でしたので、少しづつ休みながらやりました。
    運動神経は比較的よく両親の遺伝で身長は高かったのですが、とても運動部で他者と競うことは出来ません。でも健康管理を考えて、中1の時から毎晩8時になると自宅(神田須田町)の周りを走り(15分ほど)、腕時計でタイムをはかりましたが、だんだん早く走れるようになり、面白くなりました。

     中2のとき(越境入学で文京区立第六中学校)、文京区の駅伝大会があり、選手選考のために、各クラスから代表10名(9クラスなので計90名)で不忍の池の周りを走りました。わたしは、競うつもりはなく(運動部の人たちに敵うはずがない)いつものペースで走りましたが、みなはすごく早くてとてもついて行けませんでした。でも、段々と先行者は遅くなり、わたしは同じペースでしたので、次々と抜いて最後は3着でした。わたしはただビックリでポカ~~ン。

    それで駅伝代表に選ばれましたが、運動部でない人が代表というのは学校始まって以来と言われ、大いに話題になりました。
    駅伝大会までは、大会のために毎日、競わされました。自分のペースではなくタイムを決められて競わされたのですが、そのために内臓病が悪化して参りました。文京区の大会では3位になり一応責任は果たしましたが、ヒドク身体が苦しくて、その後なかなか身体が戻らず、いま思い出しても「嫌」な感情しか起きません。 

     わたしは、この時、競うことで身体が悪くなり、得ることは何もないことがよく分かりましたので、それ以後、なんであれ二度と競技大会に出ることはしていません。遊びでヨウイドンをしたり、階段上りの競争をしたり、お相撲ゴッコ(押し合い)で勝負したりはやりましたが、何かの競技の選手になり、毎日毎日、大会のために練習するようなことは、以後やめました。でも、合理的に体力維持の運動(自分に合った楽しい動作)をしているだけで、筋力は64歳になっても強く、遊びの相撲では高校生・大学生にも負けたことがありません。若いころ部活や競技スポーツで身体を痛めていないからでしょう。スポーツ選手の多くは50歳も過ぎると、身体も神経もガタガタです。

    タケセン タケセン
    全身力(体幹)強化のための基本が
    この姿勢で押すことです(写真は、手賀沼公園で)。
    2015年(63才).


      実は、勉強もそうです。ほんらい点数競争ではなく、自己納得のためにやるものです。
    小学生の時に面白い経験をしました。4年生の時に書いた作文がたいへん話題となりました。担任の太田先生(越境入学で文京区立誠之小学校)は「作文に満点はないので、わたしは20年以上の教師生活で一度も満点をつけたことはないのです。でも、今度はじめて満点をつけました。満点をつけるほかないすばらしい作文で、それは武田君の作文です」とクラスで言われてしまいました。嬉しいというよりも、またポカ〜ンでした。
    わたしは、よい作文を書こうとは全く思わず、文章の練習をしたこともなく、ただ、面白い思い出を楽し〜く書いただけでしたので。

     その後も卒業生代表の作文や、文京区のリレー放送に選ばれたりしましたが、なんで選ばれるのか?皆目見当が付かず、当惑でした。最近では、金泰昌さんとわたしの哲学往復書簡30回(東大出版会刊)のわたしの文章を見た日本語の研究者(大家と呼ばれている中国人の学者とのこと)が、「武田さんの文章は、まるで俳句か短歌のように完璧な日本語で、どこにも手の入れようがない」と言っていたと伝え聞き、驚きました。短期間での往復書簡でしたから、みな一日か二日で書いた文章で、できるだけ分かりやすくを心掛けましたが、優れた文章を書こうなどとは少しも考えませんでした。

     こういう例は書いたらキリがないのですが、わたしは、わたし自身の長年の体験から、「競わない」ことがよい結果を生み、心身の健康を維持する【秘訣】だと確信しています。競うことを目的化した生き方ー文化は、人間の悦びや楽しさ、人間性の豊かさ、人間味あふれる優しさ、人間的魅力をつくりません。他者との比較で優越感に浸るイヤな人間を生んでしまいます。外側から見ると立派でも、内なる豊穣がない人になります。世間体ばかりで、数字で評価できることにしか関心がなく、心がつくる世界=善美への憧れに乏しく、芸術を味わうことのできない人にしかなれません。そう、芸術の世界までも競争世界の基準でみる人に陥るのです。一番、二番とね(笑・呆・憤)。

     「現代人の不幸」から脱して、新たな人間味あふれる生き方ー文化を生みたいものです。競争原理から納得原理へ、競争原理からエロース原理へ、競争原理から健康原理へ、です。
    (競う気持ちがない私のblogのアクセス数は先月一位になりましたが、それは結果です)

    至高の基準とは自己の内なる善美であり、至高の愛とは自己を愛することです。それを学び・実践してはじめて他者を深く愛し了解できる人になります。

     21世紀のルネサンスをはじめたい。自己に徹すること以上はない、これはブッダが到達した「自帰依ー法帰依」で、人間の生の原理です。

    2016-08-18 武田康弘


      武田康弘
    武田 康弘
    1952年5月東京神田生まれ.
    写真は2013年(61才)
    『白樺教育館』で小学生撮影

    2.「なぜ塾の仕事をはじめたのか?」
    中学2年生の質問5テーマ(夏休みの宿題)に応える。

    1.小さいころの夢
     
    誠之小学校(文京区)の卒業式で、代表作文として紹介されてしまったので、みなに知られていますが(笑)、 将来の夢は、弁護士でした。社会的弱者を救う仕事として、政府に対抗するという意味でした。
    クラブ活動は、「政治クラブ」(わたしが先生に頼んでつくってもらった)で、哲学的対話をしていました。
    ただしその後、日本では行政訴訟は現実的に不可能であることを知り(必ず政府側勝訴となる仕組み)、また、司法試験の内容があまりにもバカバカしい丸暗記テストであることも分かったので、キッパリやめました。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
     
    2.仕事をしていてうれしいこと
     
    こどもたちの精神的な進歩を目の当たりにすること(40年間でミニ奇跡が幾度も起きました)。
    心の交流がたくさんあること。私塾は規則も評価もなしでほんとうに自由ですから、ありのままの子どもたちと交流できます。これ以上の幸せはありません。
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    3.仕事をしていてつらいこと
     
    幼少期からの「子育ての歪み」がヒドイ家庭が多々あり、自分の関心や欲望を素直に現わせない子が多く(幼少期における「おどけ・ふざけ・悪さ・イタズラ」が肯定されず、型にハメられて育った子は、自発性=内発性を持てずに外=大人の要請ないし命令で動く人になっている)、
    そういうこどもに「自分の経験をもとに自分の頭で考えて意味を掴む授業」を成立させるのは、極めて困難な仕事となります。その場合は、形式ではなく中身での人間的交流もできません。そのような子は著しくスキンシップに不足していますので、身体遊びも多用して全身をフルに使い「不可能事」にチャレンジしてきましたが、身体がボロボロになり胃潰瘍が再発し、ということが幾度もありました。

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    4.今の職業を目指したのは・・・
    いつ??なぜ??
     
    1968年、高校2年生のとき、文京区の都立向丘高校の生徒代表として(各クラスの学級委員による選挙で全員一致で選ばれました)学校教育の改革の先頭に立って頑張りました。校長先生ら3名と生徒代表のわたし一人で2か月間話し合い、校則や授業内容を改革しましたが、そのわたしの考えは、NHKの『10代とともに』という対話番組に出演依頼されたので、そこでお話しもしました。また、10年以上たってからNHKは特集を組み「進んだ都立高校」として母校を連続で紹介もしました。
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    5.中学生に、今伝えておきたいこと
     
    情報の収集や整理でごまかさず、経験に照らし、実感に基づき、自分の頭で考える習慣をもとう。
    受験の勉強ではなく、「意味をつかむ学習」をし、「心の自立」=自由と責任をもつ個人になろう。
     
    わたしの好きなこと=言葉は、試行錯語、創意工夫、臨機応変、当意即妙です。
     


    2016-08-06 武田康弘

     



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