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16. 「現象学は思考の原理である」

   竹田青嗣 著 筑摩新書 \780円+税


 これは、2004年初頭に出された「現象学宣言」とでもいうべき本です。大変密度の濃い、しかも精緻で明晰の極みとも言える叙述は、読む者に快感と興奮をもたらします。本書は竹田さんの長年にわたる執拗なまでの哲学=現象学追求の到達点であり、現象学の意味と価値を、その祖であるフッサールを超えて現代に甦らせた名著です。この新刊に象徴される「竹田現象学」は、現代に生きる人間に必要不可欠な前提―原理的思想であり、歴史的にも不朽の業績と言わざるを得ないでしょう。

 実は18年前、まったく未知であった竹田さんの処女作『意味とエロス』をその発売年―86年9月に神保町の書店で購入し、それ以降、「間違いなく竹田青嗣は、哲学・思想界に新次元を切り開く希望の星になる」と周囲の人々に話し、90年からは、彼との討論会や講演会・シンポジュウムなども催してきた私にとっては、この見事な「現象学宣言」は、とりわけうれしい書です。もったいない?ありがたい?ことに820円の「新書」ですので、ぜひお買い求めの上、精読をお勧めします。

 この本の主題は、「事実学」をやめ、「本質学」を開始せよ、ということです。
 いわゆる「正しい考え方」とは、専門知によって生活の知を圧倒するような知であって、常にうさんくさい。思考の本質=思考の原理とは、専門知による事実学ではなく、ふつうの多くの人々が生活の経験からつかんでいる「優れた考え方」に基づくものだ。考えるということの意味と理由を常に知っているこのような「すぐれた知」の原理を示すこと、それが本書のテーマです。

 その内容については、じっくり読んでいただくしかありませんが、読むにあたって一つだけ、注意すべき点について記しておきたいと思います。

 この書は、あくまで「考える」ことを始めるための前提=「思考の原理」についての考察です。これを読んで、「終わり」ではなく、ここから「始まる」書なのです。哲学の原理であり、具体的―現実的な問題への解答ではないということです。
 何を、どう考え、どう対処するか? 何が問題で、どのように解決していったらよいか? という、人が生きる上で一番大切な「能動的―現実的」な考えが示されているわけではありません。当然のことですが、それは各人がその生きる現場で、自分で考えることであり、著者が答える問題ではありません。
 そのことをよく自覚しないと、「そうか、よく分かった、右も左もイデオロギー的思考に縛られているのだな、すっきりした」で終わってしまいます。「観想」的な態度にはまって能動性が消去されてしまう危険があります。思想をその原理だけで「終わり」にしてしまうと、自分が生きている現場では何もやらず、本を解読することが一番のエロスだという「思想オタク」に陥ります。ご用心!

 ともあれ、現象学という認識論−前提を洗い、分析・解剖をする知と、具体的な建築―創造のための知とはベクトルの向きが逆なのだ、ということは、十分に知っておく必要があります。現象学的な視線変更による見方を示す事例―素材として「現実問題」を扱えば、それは「観想」にとどまります。真の課題は、よく見た上で、やってみよう・変えていこう・よくしていこうという言動−能動性への態度変更です。これはよく生きるための原理です。

 本書は、生きた能動的な知―建築する知のために必要な前提についての分明な記述なのです。くれぐれも、お間違えのないように。

2004年7月8日 武田康弘


竹田青嗣さんからのメール

以下は、この書評への竹田青嗣さんからのメールです。

武田さん
書評拝読。いつもながら感謝。
注意すべき点も、とても納得で、違和感ありません。
実践の部分は、まさしくさまざまな具体的プランが必要なので、
そこは原理の思考とはおのずと別の領域で、多様な競い合いで鍛えあっていくしかありま せん。
観想に終わったら何にもならない、というのはそのとおりと思います。
ますます暑くなりそうですが、いっそうご活躍ください。


とりいそぎ、お礼まで。

2004年7月11日


まとめ

 最良の現象学解釈が「竹田哲学」です。この認識の原理論=現象学は、意識を透明にする方法であり、「行き詰った」時に役立つ思想です。ただし、破壊し、建築し、創造するエネルギーをもつ思想ではありません。「原理」をしっかりと血肉化することは、よく考え、よく生きるための必須の営みですが、真の課題はその次にあります。そこから反転して、能動的な「自分性」(個性的にして普遍的な、状況を状況たらしめる意識)をどうしたら創りだせるかです。「原理」に留まれば、色あせたエロースのない世界に転落してしまいます。自分―家族―組織に自閉する「出口なし」の意識を変えるためには、出会いーアンガジュマンー呼びかけの思想が必要です。

(武田康弘) 2005.1.4

   
2005年1月9日追記
2004年10月17日
 
 
   
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