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白樺文学館

白樺文学館外観
撮影:武田康弘

音楽室

「白樺文学館柳兼子を記念する音楽室」.
撮影:武田康弘

日経新聞1999年

日本経済新聞 1999年8月17日 文化欄
佐野力著作
辞めた起こした成功した
辞めた 起こした 成功した! そしてロマン 日本オラクル代表取締役 佐野 力
2000年6月8日 浩気社
白樺文学館開館セレモニーでの佐野さん
2001年1月11日 志賀直哉邸跡
撮影:古林 治
白樺文学館開館セレモニーでの武田康弘
2001年1月11日 志賀直哉邸跡
撮影:古林 治
● 誕生秘話 ●

8.武田康弘氏のこと・・・佐野力 著

 『白樺文学館』の以下の全コンセプト

白樺派の精神を顕現することから始まり、理念づくり、資料集め、建物・彫刻・家具のコンセプトと選定、音楽室とオーディオ・システムの設計・・・ 

は、(現・白樺教育館館長)武田康弘一人の手になるものですが、そのことを不思議に思う方も多いようです。そこで、その経緯を、文学館設立の発案者であり、設立資金出資者でもあった佐野力さんの言葉でご紹介します。

 以下は、『日本経済新聞』文化欄(1999年8月17日)と佐野力さんの著書の一部抜粋、および文学館開館式での挨拶(映像と音声)です。これを読む(聞く)と、なぜ『白樺文学館』の全コンセプトを武田康弘が作成したのかがよくわかることでしょう。

 なお、開館式の武田康弘の挨拶も併せて載せておきます。佐野さんの挨拶とセットで聞かれると、内実が一層わかるかと思います。

日本経済新聞 1999年8月17日 文化欄

 私の人生を決定的に変えたのが武田康弘氏との出会いだ。十二年前、千葉県我孫子市に住んでいたころ、ある対話集会にたまたま参加した。集会を主催した我孫子児童教育会の代表が武田氏だった。「野に賢人あり」の典型だろう。
 集会は教育問題がテーマで、二男が小学生だったため、ついつい議論に引き込まれていった。子供は小さい大人ではない。独立した人格を持った人間として接することが大事」という武田氏の主張に、新鮮な共感を覚えた。これがつきあいの始まりだ。
 彼はソクラテスの研究家であり、子供を集めて私塾も主宰していた。一対一の対話から始め、自分の頭で考えさせることがモットーで、理屈に終わらず哲学を生活のなかで実践していた。
 武田氏の実践重視の思想にすっかり深入りしてしまったおかけで、自らの信念を次々と行動に移す羽目になった。二男が進学する時には地元の中学校に丸刈りの校則を撤回させた。91年の我孫子市長選では市民ネットワークが推す候補者の応援演説を街角でぶった。経営者としても、社員一人一人と対話する機会をできるだけ持つようになった。
 今は我孫子を離れたが、武田氏ととっておきの計画を進めている。志賀直哉が「暗夜行路」を執筆した手賀沼のほとりの書斎の傍らに、志賀直哉資料館を建設するプランだ。来年のオープンに向け、直筆の原稿や手紙を集めている。宿泊施設も設けて新たな交流の足場としたい。当然、館長には武田氏に就いてもらうつもりだ』(さの・ちから=日本オラクル社長)

 

「辞めた 起こした 成功した! そしてロマン」
 佐野 力著 p.40-41
2000年6月8日

・・・・・・
 また我孫子では武田康弘氏との出会いがあった。彼は私に最も強く影響を与えた人物である。「野に賢人あり」の典型のような、理論に終わらず哲学を生活のなかで実践している人物であり、ソクラテスの研究家でもある。彼は子供を集めて私塾を経営しているが、一対一の対話から始め、自分の頭で考えさせることをモットーとした、実践重視の教育である。そんな彼に触発され、私は自分の想いを次々と行動に移す羽目になった。地元の中学校に丸刈り強制の校則を撤回させる運動をしたり、市民ネットワークが推す市長候補者の応援演説を駅前でぶったり、また経営者として社員一人一人との対語をする機会をできるだけもつようになった。
 この大きな精神的な彼との出会いによって、私の一つの夢である文学館を実現させることができそうだ。ただ建物を造るだけではない。どういう生き方を後世へ残せるのか、誰が語るのか、何を読めばいいのか、何を聞きたいのか、物ではなく魂や精神を語れる人、このような人物との出会いがこの計画を支えている。武田氏に館長を務めてもらうことで、このとっておきの計画は進行中である。
・・・・・・

佐野力(さの ちから)  執筆当時の略歴
1941年 北海道生まれ。
1963年 小樽商科大学を卒業後、日本1BM入社。 26歳で課長に昇進後、米国1BM(ニューヨーク)出向、中国事業開発部長、西部支社営業本部長など歴任後、
1987年日本IBMと住友電気工業の合弁会社「S&I」の社長に就任。
1990年9月同社退社。同年10月より 日本オラクル代表取締役社長に就任。 米国オラクル上級副社長兼務。

 

「白樺文学館開館セレモニー挨拶」 2001年1月11日

 

古林 治 2012年11月16日


参考  
(1) 白樺文学館 開館顛末記
6.建築の理念 -建築会議は哲学研究会分室?-
白棒文学館 - 彫刻・家具・造作・建築空間・形
白樺文学館オリジナルホームページより
(2) 白樺文学館 開館顛末記
8.場所 - 建造物 白樺文学館の基本理念
白樺文学館オリジナルホームページより
(3) 白樺文学館 開館顛末記
10.白樺文学館の理念3 - 創造の地ー我孫子 改訂版
白樺文学館オリジナルホームページより
(4) 白樺文学館 開館顛末記
18.開館に向けて 白樺文学館設立の趣旨 他
白樺文学館オリジナルホームページより
(5) 白樺文学館 開館顛末記
22.できたてのホヤホヤ 建物見学
白樺文学館オリジナルホームページより
(6) 白樺文学館 開館顛末記
25.開館セレモニー
白樺文学館オリジナルホームページより
(7) 白樺文学館 開館顛末記
26.顛末記の最後に
白樺文学館オリジナルホームページより

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