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白樺文学館の彫刻案内

 手賀沼を抱くここ我孫子の地は、かつて若き白樺派の人たちが愛し創作活動を行なった地である。この意義深い地・空間を、現代に生きる私たちが今一度創造の地たらしめよう、という館長・武田康弘氏の考え方に基づいて、この文学館の建設がはじめられた。

 この考えを基本に建築等の設計内容が決められていった。なかでも彫刻は建築内外の、空間を意味づける、という点で大きな役割を課せられた。そこで建設以前のかなり早い段階から、設計者の佐野契(けい)さんを含め、武田館長との再三再四にわたる話し合いと彫刻の選定があった。これほど内容を重視した彫刻設置は少ない。それだけに、来館される皆さんにそれぞれの彫刻の制作意図などを、彫刻家自身の言葉で伝えたいと思った。

 長い題名だと思って読んでいただければうれしいです。

                 佐治 正大(さじ まさひろ)
                 中津川 督章 ( なかつがわ よしふみ)
1.文学館前庭「自帰依(じきえ)
2.文学館入口把手(とって) 「メビウスの輪」
3.エントランスホール 「マチス讃歌」
4.一階廊下 「斜(ななめ)に立つ薄手のトルソ」
5.一階図書室 「時(とき) U」
6.二階資料室 「椅子(いす)
7.音楽室扉押板(おしいた) 「ミューズのバスト」
8.路上 白樺文学館道しるべ 「鳥の矢印」


1.文学館前庭「自帰依(じきえ)  大理石(シベック)
     h1100×w2400×d750

私は、彫刻依頼を受けたとき、志賀直哉邸跡地はもとより、柳や武者小路、リーチが住まいし、創作の地とした我孫子の空間と強い意志で結ぶ、そんな表現が出来ればと思いました。
  文学館から志賀旧居へ、螺旋(らせん)状に大きくうねって連なる環(わ)の一部分である白い大理石に、人間の清も濁もまるごと認め、なお上昇しようとする人間を信じ愛し続けてゆこうとする白樺派の人々を見つけていただければ幸いです。
  自分を見つめ発明する。自分を愛し大切にする。ひいては他者をも大切に思いやる。「自灯明(じとうみょう)、自帰依」と云(い)う仏教の言葉は彼らの創作の根幹をなす思想に重なっていると感じ、タイトルとしました。
(作品と説明:佐治 正大)
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2.文学館入口把手(とって) 「メビウスの輪」  
    ブロンズにセラミック系焼付塗製  260φ

  紙をテープ状に切って両端をくっつけると輪ができる。その場合、テープ面は表は表、裏は裏とつながっている。ところが、テープの両端をつなぐとき一方を裏返しにすると、テープの面は表(輪の外側)になったり裏(輪の内側)になったりして、ひとまわり面をたどっても同じ面には戻らない。これをメビウスの輪という。
 文学館入口の把手は、ガラスドアをはさんで断面が楕円(だえん)のメビウスの輪になっている。ドアの内と外で面が表になったり裏になったりして入口の内と外をつないでいる。
 白樺文学館は、館内と市街(市民)を切れ目なくつないでいる、という意味を把手は語っている。
(作品と説明:中津川 督章)
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3. エントランスホール 「マチス讃歌」  
    FRP、黒御影石(みかげいし)
    h900 X w250 X d600(台座を除く)

  1912年1月に発行された「白樺」誌上で柳宗悦は「革命の画家」と題した文章を書き、そのなかでマチスの絵を「生命そのものの表現に他ならない。」という言葉で紹介している。誹謗者(ひぼうしゃ)が多く、まだ評価の定まらなかったマチスの絵に対し、このようにその本質をとらえた達見には驚かざるを得ない。
 マチスの初期の作品に「生きるよろこび」(1905〜6)と題した大作がある。マチスはその後も一貫して生きるよろこびをえがき続けた作家であったと云える。その生に対する全的な肯定に私たちは強くひかれる。その感動を、マチスに対するオマージュ(讃歌)として、しなやかな人体の形に表現した。
※FRP fiber-glass reinforced polyester
  ガラス繊維で強化されたポリエステル樹脂
(作品と説明:中津川 督章)
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4. 一階廊下 「斜(ななめ)に立つ薄手のトルソ」 
    ブロンズ、ロジウムメッキ h710 X w415 X d310(台座を除く)

  抽象彫刻のフォルム(形)を大別して、幾何学的形態と有機的(生命的)形態に分けることができる。人体は美しくしかも大変複雑な形をしているので、有機的形態の代表とされている。
 その人体の胴部分(トルソ)をできるかぎり単純化し、薄くしていったのがこの作品である。材料はブロンズ(青銅)なので古代の銅剣のように薄く鋭い形に適している。表面はロジウムメッキを施(ほどこ)した鏡面となっている。廊下の白い空間に浮かんでいるかのように存在感が希薄である。
 単純化、薄型化、鏡面、と存在感を消していったが、これは人体(トルソ)の量感とフォルムをそぎ落としていった結果である。それでも尚、剣のような鋭さと合わせ、やわらかでしなやかな人体が残った。
(作品と説明:中津川 督章)
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5. 一階図書室 「時(とき) U」 
    大理石(トラバーチン) h1120×260φ

  天然素材は、素材それ自身がとても大きな、素晴らしいメッセージを持っている。 長い時間を掛けて水底に沈殿した有機物が固まったこの石は、もはや人間の手を掛ける余地が無い程美しい。
 30数億年、生命の歴史の断片を見ることが出来る。
(作品と説明:佐治 正大)
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6. 二階資料室 「椅子(いす) 
    主材:クスノキ h830
X w770 X d870

 木は自然の生命体で、工作材料として使うときは生物素材と呼ばれている。この椅子の主材は楠(クスノキ)で、製材の過程で良材を切り取ったあとに残された端材(はざい)である。いわば捨てられた材であるから幹の皮に近い部分で、長い間の風雪に耐え成長した傷跡も沢山残されている。また地面に捨て置かれたものか、腐れもあるし、虫にも喰われていた。これら自然の加工に触発されて椅子にしつらえたものである。
 この作品は、先(ま)ず樹木という生命体が木をつくり、次に虫がつくり(喰い)細菌がつくり(腐る)、そのあと彫刻家という人間が削り組み立てた。良材でない木とつき合うと、人間もまた大自然の生命のいとなみの中にいることが実感できる。
(作品と説明:中津川 督章)
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7. 音楽室扉押板(おしいた) 「ミューズのバスト」 
    ブロンズ h310 X w215

 彫刻家の巨匠ブランクーシは、人体や顔の形を単純化していくと最後は卵型になるという。私も女性のバストをどんどん単純化していったら薄い卵型になった。
 これを音楽室扉の押板として使ったのは、この卵型胸像の胸、つまりハートを押し、開けて音楽室に入る。という意図があってのことである。何故女性のバストなのか、男性をよろこばせるためではない。ミューズの神は女神だからである。
(作品と説明:中津川 督章)
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8. 路上 白樺文学館道しるべ 「鳥の矢印」 
    アルミ、FRP、ステンレス(支柱)
    h220 X w500 X d50

 古来から人は、空を自由に飛ぶ鳥にあこがれいろいろな想いを託してきた。なかでも、自由や平和、自然の美しさや生きるよろこびを教えるシンボルとして愛されてきた。それはまた白樺派の人たちの精神でもある。「鳥の矢印」はそのような鳥に導かれて文学館へ至るという道しるべである。
 ちなみに、我孫子市は鳥と共存する街を宣言している。    
(作品と説明:中津川 督章)
   
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