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    白樺派と白樺スピリット

    創造の地・我孫子

     民主主義の先進地イギリスやアメリカにおいては、教育や学芸の中心は(かん)(国家)ではな(みん)(私)であり、逆に歴史的に民主化が遅れたドイツには私立大学の伝統がありません。

    柳宗悦
    柳宗悦

     柳宗悦(やなぎむねよし)の叔父(おじ)で講道館(こうどうかん)の創設者・近代柔道の草分けとして知られる嘉納治五郎(かのうじごろう)は、1911年に我孫子(あびこ)に別荘を建てました。彼はイギリスにならってこの地に小学校から大学までの理想の私立学園を創(つく)ろうと考え、二万坪の用地を取得しましたが、文部省の反対と資金難から計画は頓挫(とんざ)してしまいます。

    柳兼子
    柳兼子

     大恋愛の末に中島 兼子(かねこ)と結婚した柳は、この叔父の勧(すす)めで1914年に手賀沼を望む高台、我孫子天神山に移り住み、翌年、 志賀直哉(しがなおや)康子(さだこ)夫妻を、次の年には武者小路実篤(むしゃのこうじさねあつ)房子(ふさこ)夫妻とバーナード・リーチを呼び、我孫子は「白樺派」の拠点となったのです。
     彼らが1910年に創刊した同人誌「白樺」は、志賀が我孫子を去った年1923年の8月まで13年5ヶ月にわたって思想・文学・美術・音楽の各分野で日本の「人間開眼(かいげん)」とでも呼ぶべき想像力溢(あふ)れる新しい文化を生み続けてゆきました。
     その広範にわたる巨大な影響力ゆえに白樺山脈と言われるこの20世紀最大の文芸・思想の創造と変革の運動は、既存(きそん)の権威を拒否した彼ら〈在野(ざいや)の個人>によって担(にな)われたのです。


    未来への扉としての『民知(みんち)

    志賀直哉
    志賀直哉

     ブレイク(英〉とホイットマン(米〉の「肯定(こうてい)の二詩人」に最も深く影響を受けた思想家・柳宗悦は、実用的な日用品のなかに「高級品」にはない豊かで力強い美を発見し、民芸(民衆の手工芸)運動を展開しました。

     その柳の造語ー「民芸」になぞらえて言えば、全文を初めて平易な口語文(話しことば)で書いた志賀武者小路らの文学は民・文学であり、楽曲の意味を深く考えて、語るように歌った兼子の音楽は民・声楽であり、階級や特権を廃した武者小路の「新しき村」は民・生活です。又、石版画家で思想詩人のブレイクを師とし、国家を越え、「東西文化の結婚」のために尽力(じんりょく)した リーチのおおらかで品位のある作品は、民・美術と呼べるでしょう。

    武者小路実篤
    武者小路実篤

     ひとりひとりの人間の生命は、個性的であるほかはない- 鳥は鳥、私は私の声を出す、という白樺スピリットが、逆に小さな人知・個我を越えた広々とした思想・文芸・教育の営みを可能にしました。

    バーナード・リーチ
    バーナード・
    リーチ

     普遍性(ふへんせい)とは、開かれた未来を志向する個人が、「私」の可能性に賭(か)けたとき初めて得られるものであり、前例=過去に縛(しば)られたの営みは、機械的でエロースのない一般性以上には出られません。

     「無限の根をもち意味をもつ」(武者小路)学芸・教育をつくり出して行くのは実に愉快なことです。生活世界の具体的経験に根を持ち意味を持つ有用な知を民知(みんち)と名づけようではありませんか。単なる事実学ではない深い納得をつくる意味論としての知は、人間の生きる愉(よろこ)びとエネルギーを生み出す源なのですから。

     白樺派の封印を解き、白樺スピリットを復活させるのは、未来への希望の扉を開くことにほかなりません。

     学芸・教育の再興=白樺ルネサンスを創造の地・我孫子から。


    ※ 普遍性、一般性、絶対性の概念の相違について
      興味のある方は、こちら => 普遍性、絶対性、一般性
      もっとぶっちゃけた説明(小学生向け) => 正しさの3種類について
    民知についてもっと詳しく知りたい方はこちら--->
    2002年2月3日 武田 康弘
     
       

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